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1月度の応募作品INDEX
おじいちゃんと過ごした最後のお正月 ホント、今年のことですが、去年の末に、留学先のアメリカから帰ってきて、5年ぶりに、家族とおじいちゃんでおんせんにいってきました。 北海道の白老町にある温泉で、とても雪景色がきれいだったです。 お料理もおいしくて、久しぶりの日本情緒あふれるお正月がすごせて、とてもしあわせでした。 2泊3日だったんですけど、あっという間におわって、もうすぐで、またアメリカにいかなくちゃいけません。 実は、おじいちゃんは、病気がひどく、外に出れるのが、今年の正月が、最後だと、お母さんにおしえられていたので、おじいちゃん孝行を一生懸命したとおもいます。 とても、たのしんでくれました。 また、しばらく帰って来れませんけど、とても、よい正月を迎えられて、しあわせでした。
箱根駅伝 恒例の箱根駅伝の中継に見入ってしまいます。選手、コーチ及び監督の厳しい顔。 又、達成感の顔と色んなドラマがあります。 シード権争いも大きなドラマも有ります。色んなトラマの集合体です。 出身校と全く関係ありませんが、毎年胸ワクワクの観戦です。
わたしの初夢 僕は今年の正月に夢を見ました。 正月の夢だから、初夢です。 生まれてはじめて初夢を見ました。不思議な夢を。 それはこんな夢でした。 僕がどこかから部屋(誰の部屋か不明)に帰ってくると、こたつをはさんで両サイドにサークルの友人が二人、寝転んでテレビを見ていました。 そこでなぜか僕は二人に「あれ?女の子たちは?」と聞くと、友人の一人が眠そうに、「おしいれー」といいました。 僕が押し入れを開けるとふとんがぎっしりつまていて、間から手がでていたのでふとんをはがすと、なんとそこにはプッチモニの市井ちゃんが笑っていました。そこで目が覚めました。 われながら恥ずかしい夢でした。
悪夢のカウントダウン 去年の9月頃から“ミレニアムカウントダウン”の為に大晦日より3日間旅行を計画しました。 彼氏と彼氏の友人のカップルと4人で行く事になり“ウキウキ”していました。 ところが、彼氏の友人がじん帯を切ってしまう怪我をしていまい旅行に参加できなくなってしまいました。 スノーボードをしながら3日間過ごす予定で山梨県に行く予定でした。 急遽、一緒に行ける人を探したのですがなかなかいません。困っていました。 しかし、彼氏は本当は“2人”で過ごしたかったらく“2人でカウントダウンしよう”という事に。普段自分の気持ちを素直に話してくれない彼氏がそんな事を言い、私は感激・感動していました。 大晦日当日、カウントダウンの為に“山梨のワイン”を買い、年越しそばも買い、温泉にも入りカウントダウンの瞬間を待つばかり。 こたつに入りワインを飲みながらテレビを見て、カウントダウンの瞬間を今か今かと待っていました。ところが、10時半を過ぎた頃から彼氏はこたつで寝てしまいました。 私は“まだカウントダウンまで時間があるから寝かしておいてあげよう。11時半頃起こせば間にあうだろう”っと思っていました。 11時半頃“もうすぐカウントダウン始まるよ!!”と起こしたところ彼は“気持ちが悪い。空気が悪い”と言っています。 ストーブをつけていたので“一酸化炭素”が増えて気持ち悪くなってしまったのです。 急いで窓をあけて“大丈夫?起きれる?”って聞いていたのですが全然起きません。 テレビでは“カウントダウンまで3分前!!”と言っています。 日が変わる瞬間だけでも起きていてほしいと必死に声を掛け起こしたのですが...。 全然起きる気配はありません。 私は30秒前から大泣きし始めてしまいました。しかし、起きません。 泣いている間にテレビからは花火の音が。 そうです。その瞬間は過ぎてしまったのです。 花火の音と私の泣き声で彼氏はやっと起きました。“ごめん”って言いながら。それもすごく眠そうに。 私はその瞬間、諦めました。 彼は一度寝たら起きない人、お酒を飲んだら寝てしまう人、約束を守れない人なのです。 今まであまりすぐ寝てしまう事に対し怒った事はありませんでした。怒っても仕方ないと思い。しかし、今回だけは許せませんでした。 彼が一緒にカウントダウンをしようと言いはじめた事なのになぜできないのかと。 その日は別々で寝ました。 本当に最悪のカウントダウンでした。 友達や家族と過ごした方がよっぽど良かった。 しかし、その後この事件に関して深く反省したらしく旅行の2日後“結婚しよう”と言ってくれました。そして、来年のミレニアムは必ず起きて一緒にいると約束してくれました。 新年早々“大喧嘩”するとは思わなかったです。
お正月の思い出 うちの父親は正月になると兄弟会というのに出席します。 父は四人兄弟で、正月になると四人全員が兄弟のうちの誰かの家に集結し、お酒を飲んだりおせちを食べたりしてます。 去年は新築だった我が家で兄弟会を催していましたが、その時は次男のおじさんが風邪をひいていて、それが父親にうつり、母にもうつって大変でした。 ま、今年はそんなことないだろうと思ってましたけど、今回は長男も次男もどっちも風邪をひいてきて、父も母も同じように風邪を引いてしまったんですねぇ・・・。 その時はちょうど里帰りしていた私と妹が、掃除や洗濯、炊事を引き受けましたが・・・。出した料理はトンカツとか餃子とか病人が見たくもないパワー満点のものばかりで 結局私と妹だけがおいしい思いしてました。お年玉もちゃんともらいましたしねっ。
成長したね この年末年始はY2K対応でほとんど徹夜で仕事だったので家族は帰省することに。長女は5歳、パパとしばらく会えないのがさみしいと言ってくれました。長男は2歳、何も考えていないふりで空港に到着。長女には事前に言い含めておいた為、何事もなく空港での別れを果たせそうな予感、目配せで別れを言ったその途端、 長男が「パパと一緒に行くーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 と空港中に響き渡る声で。それに刺激され長女もなき始め、静かな別れが一転して修羅場に。 つらい別れになったけど、息子よ成長したね。まだまだ赤ちゃんと思っていたがもう一人前の?子供だね。帰ってくるのが楽しみだよ。早く帰っておいで!
お正月のタクシーは・・・ なんといっても2000年。Y2K。私の勤める会社は全部対応が終わっていたけど、友達は大変そうだった。2日から出勤とか。泊り込みの人もたくさんいたので,贅沢は言えないぞ。 新年に乗ったタクシーの運転手さんとの会話。無線車は銀行の要請で,普段の年はみんな休むのに、今年はみんな乗車待機していたのですと。ナにかあったら仕事になったのでけど,何もなかったので一銭にもならなかったのですと。 「スケベ根性出して何かあるのを期待しちゃいけないよねー,お客さん。」と笑ってた運転手さん,あなたも待機組だったんでしょ。
今年の正月 今年の正月は群馬で始まり箱根で終わった。 簡単にいえば、TVで駅伝ばかり見てすごしたということ。ジャンジャン
お正月の思い出 わたしの御正月といえば毎年太宰府天満宮に初詣にいくことです。 大晦日の10時ごろ自宅を出発して車でいきます。毎年元旦を告げる天満宮の太鼓の音を聞いて正月を迎えます。いつも人が多くて大変ですが、気持ちが引きしまるので私は初詣が大好きです。
日の出 元旦の早朝、友達と羽田空港対岸へ日の出を見に行きました。定番の日の出スポットらしく、多くのカップルは体を寄せ合い、ある人は嬉しげにパーカッションをポコポコ叩いていました。水平線に添うように雲がうっすら出ていましたが、7時前、飛行機と飛行機の間から真っ赤な太陽はぐんぐん昇りはじめ、別の飛行機が太陽をバックに離陸していくは大変雄々しく、鮮やかでした。2000年の元旦ということもあって、感動ひとしおです。 |